針をおとす/熱狂の日に
「ペンをとる」と同じように、「針をおとす」・・・このアナクロ的動作形態も死語化しています。老眼鏡が合わなくなった話をしている訳ではありません。iPodなど想像もできなかったボクらの時代には、音楽を聴くにはレコードと言われる円形の盤(オサラとも言われました)を必要としました。その円形盤を回転させ、針とアンプとスピーカーを媒体として音を発生させたのです。情報量としては限られたアイテムでしたが、特に洋盤(輸入レコード)はジャケットのデザイン性も高く、(ブルーノートレーベルの名盤など)そのスタイリッシュなジャケットが欲しくて購入した思い出もあります。ところで、ボクの書架の片隅にボロボロのLPが大切に残されています。それは、40年ほど前に神保町のミューズで買ったMさまのオペラ「魔笛」。ベーム&ベルリンフィルの3枚組みの洋盤LPで、当時でも6千数百円はしました。ビルの窓拭きのバイト代が850円だった頃の話(日給です)ですから、それこそ(タカラモノのように)大切に、そぉ〜っと「針をおとして」擦り切れるまで聴いたものです。それこそ、生命を賭したぉ買い物だったのですから・・・(笑)。
事務所のBGMはCDプレーヤーを使用。リモコンでトレーを開け、CDを放り込み、ボタンをプッシュ。利便性も音質も格段の進歩を遂げているのですが、この一連のスムーズな動作形態の中には「針をおとす」張り詰めた緊張感も、タクトの一振りを待つ心のウォームアップもありません。銀塩写真にこだわるサイト製作者のO君なら「なんだかなぁ〜」って言うとこでしょう。かつてMさまのト短調シンフォニー(40番)を「疾走する悲しみ・・・涙は追いつかない」などと書いた評論家は、高額なオーディオ装置を自慢する老文豪に「あなたは音楽ではなく、雑音に気を取られている」と返したそうですが、確かに音楽を楽しむには○○だけではないようです。優れたミュージシャンは、スコアで音楽を「聴く」そうですから。
さて今の世の中、まるでスタバで飲む紙コップ珈琲のように、(日常の風景から)情緒などというファジーで非論理的な領域や、メリとかハリとかも欠落しつつあるように感じるのです。ジュウタクで例えるなら「高&高であれば、それでいい」とでもいうような・・・(唐突で恐縮です。これはビジネスブログでもありますので・・・。)
そんな訳で(?)ボクだけの熱狂の日。とりあえず1曲目の針を・・・(???)。曲はト短調シンフォニー(25番)K183。かのシェーファーの戯曲「アマデウス」の映画化で使われたポップミュージック。レヴァイン&ウイーンフィル85年の名演奏でお楽しみください。


